十字架 著 重松 清
中学二年、いじめを苦に「フジシュン」こと藤井俊介は自宅の庭で自殺をしてしまう。
残された遺書には同級生の名前が4人、書かれていた。
2人は、いじめをしていた生徒・
もう一人は、親友として、いままでありがとう・・・と感謝されてしまう
真田裕→ユウ。
最後の1人は好きだった女の子、中川小百合。
彼らのその後の人生は・・
感想
つらく重たいお話でした。重松さんのお話にはよくいじめがでてきます。
以前読んだ
「青い鳥」や「かあちゃん」も、そうでした。
青い鳥では。。いじめられた子が転校してしまい、残った子供たちはどうするか・・・、
教師は作文を書かせ反省されたりするが、それはまったく意味を持たないこと、
いじめを黙ってみていたこどもたちは、その事実を忘れてはいけないということ・・・
赴任してきた先生がそう教える・・そんなお話がありました。
また、「かあちゃん」では、いじめた子供のところへ、関係者が謝りに行く・・・という
お話がありました。
それぞれ考えさせられるお話になっていましたが
今回の「十字架」はさらにさらに、重く・・
題名通り、残されたものたちは十字架を背負わされてしまうのです。
なぜなら、
いじめた子供は自殺をしてしまうのですから・・・。
いじめに加担したのは3人でしたが、加害者として、具体的に遺書に名前が載っていたのは2人でした。
それだけではなく、
遺書には親友として「仲良くしてくれてありがとう」と名前が載っていたこの物語の語り手の僕=ユウ。
好きな人として名前が載っていた中川百合子・・
この2人は、見殺しにしたという責任から、つらい人生を数年送っていきます。
むしろ、加害者の方が反省もせず、開き直って生きているのではないのかな
と思われます。
考えさせられることいっぱいありました。
いろんな立場の人の気持ちが理解できますが
やはりこの年ですと、自殺した子の母親の気持ち。
または、傍観者として見殺しにされたと責められる、ユウ君の親の立場などに
心を寄せることができました。
いじめの加害者、被害者、そして傍観者たち・・・
中学生における社会構造は、
どうしてもまだ理解できないでいます。
私たちに時代にも、いじめと思われるものはあったと思いますが
転校したり、自殺したり・・そんなひどい状況はなかったですからね。
最近はどんどん深刻化。
だからこそ、本当に意味で中学生たちの心の奥底まで、把握できないでいるのかもしれません。
なぜそんなことをするのか・・・さえも理解できず。
あまりにも陰湿度が高いような気がするんですよね。
むしゃくしゃする気持ちがわからないわけではないのですが
それを他人にいじわるをして発散させるような構図が、
わかりません。
この物語では加害者よりむしろ、傍観者たちのほうに焦点が置かれています。
読者の大半がこの、傍観者である・・・ということでも
あるんですよね。
だからこそ、提示された課題は重くなるのです。
何もしなかった・・見殺しにした・・・・それも、罪ではないかと。
難しい・・・難しいです。
じゃあ、どうしたら良かったのか。
正義感もって立ち向かっていけば良かったのか・・・みんなが。
現実問題として、この小さな中学生という社会構造の中で
進んでできる子がどれだけいるのだろうか。
逃げに走る子はいないのだろうか。
教師はどう対処すればいいのだろうか・・・。
あ~~~、やっぱり難しいです。自分が中学生だとしたら
どうしていただろう。
この子たちの親だとしても
どう助言すればいいのか。
いじめはいけません、みたら、やめさせなさい・・・・といって、実際その場で
できる子ってどれほどいるのだろうかって。
大人ならできることでも、中学生、同じ立場で勇気をもてるのかって。
うん・・・しなくてはいけないことだけれど、難しいことですよね。
いじめは悪いことだからやめましょう・・・という言ってわかることなら
こんなに、根深く残っていないものね・・・
読みながら、死人に口なし・・・といいますが
どういうつもりで
いじめられていた、フジシュンは
この2人の名前を書き残したんだろうと思いました。
親友というっても心当たりがない(昔はよく遊んでいたが中学生になってからはそんなでもなかった)・・
主人公のユウ。
一方的に思われていた感じです。
また、もう一人の中川さんは、好きな人・・というだけの存在。
中川さんは、フジシュンの思いを断ったんですよね、好きじゃないからと・・・
そのあと、死んでしまったフジシュン・・。
それって、彼女にとってはショックでしょう?
いじめと関係ないとしても、生前接触もった最後の一人が自分。
もしそのとき、
やさしい言葉をかけていれば、フジシュンは死ななかったかもしれない・・・
そんな気持ちを中川さんに抱かせてしまうんですよ・・・・死んだあともず~~~と。
中川さんのことだってそうだけれど、
フジシュンの親御さんだって、そりゃ・・・ものすごいショックで
どんどん老けこんでいって。
フジシュンの弟だって、つらい人生・・・。親に気を使って・
周りを憎んで。
自殺という・・・行為は周りの人を不幸にしてしまうこと・・・
だから、フジシュン、いけないかったんだよ・・君も・・・と
いってあげたい気にもなります。
もちろん、いじめが悪いのはわかっているけれど・・・・でも、
死んだらだめなんだよ・・・って。
逃げてもいいから…・学校なんていかなくてもいいから・・・
とにかく死んだらだめなんだよ・・・っていってあげたかったかな。
卒業アルバムに
フジシュンは載っていなかったということ。
いやなことにはふたをしてしまう学校。
なかったことにしてしまう・・・
覚えていなければいけない・・・
そうだよね・・・過ちは覚えていなければいけない。
でも過去ばかりに引きずられてもいけないという思いもあるから。
彼らが20数年たって
やっと気持ちを整理できたことにホッとするような気がしました。
また、フジシュンの父親の気持ち・・・・
子に先立たれた親の気持ちが
よくわかります。母親とも違う、感情を押し殺して
でも、心の奥ではず~~と根深いものを持ち続けている・・。
学校の図書にある
「世界の旅」をフジシュンはよく読んでいました。
現実逃避で・・・
心だけは旅立っていたんですね、異国の地へ。
悲しかったな。
本に挟まっていたメモ。
彼の旅の終着点は
スウェーデンの「森の墓地」。
その丘には
十字架がある・・・・
父親はどんな思いでその地にいるのだろうか・・・
フジシュンはもうたどり着いたのか・・
読む価値のある一冊だと思いました。