ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2   

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2   (2011   アメリカ・イギリス)


HARRY POTTER AND THE DEATHLY HALLOWS: PART II


監督: デヴィッド・イェーツ
製作: デヴィッド・ハイマン
デヴィッド・バロン
J・K・ローリング
製作総指揮: ライオネル・ウィグラム
原作: J・K・ローリング
脚本: スティーヴ・クローヴス
撮影: エドゥアルド・セラ
プロダクションデ
ザイン: スチュアート・クレイグ
衣装デザイン: ジェイニー・ティーマイム
編集: マーク・デイ
音楽: アレクサンドル・デプラ
出演: ダニエル・ラドクリフ ハリー・ポッター
ルパート・グリント ロン・ウィーズリー
エマ・ワトソン ハーマイオニー・グレンジャー
ヘレナ・ボナム=カーター べラトリックス・レストレンジ
ロビー・コルトレーン ルビウス・ハグリッド
レイフ・ファインズ ヴォルデモート
マイケル・ガンボン アルバス・ダンブルドア
ワーウィック・デイヴィス グリップフック(小鬼)
ジェイソン・アイザックス ルシウス・マルフォイ
ジョン・ハート オリバンダー老人
アラン・リックマン セブルス・スネイプ
マギー・スミス ミネルバ・マクゴナガル
ジュリー・ウォルターズ ウィーズリー夫人
マーク・ウィリアムズ アーサー・ウィーズリー
トム・フェルトン ドラコ・マルフォイ
ボニー・ライト ジニー・ウィーズリー
ジェームズ・フェルプス フレッド・ウィーズリー
オリヴァー・フェルプス ジョージ・ウィーズリー
イヴァナ・リンチ ルーナ・ラブグッド
エマ・トンプソン シビル・トレローニー
デヴィッド・シューリス リーマス・ルーピン
ゲイリー・オールドマン シリウス・ブラック
ジム・ブロードベント スラグホーン


シリーズ第7作の後編。
闇の帝王ヴォルデモートとハリー・ポッターの最終決戦がやってきた。
シリーズの完結編でもある。







感想


終わってしまいましたね、とうとう。
10年、長いような短いような(いや・・長いよね・・笑)
ちょうど子供と見始めて
今回のこの章も子供と一緒。
ほとんど映画館で、一部DVDもあるかな。
だから吹き替えなんですよね、この映画については、すべて。
ヴォルデモートの声、江原さん。印象的ですよね・・・絶対忘れらないよ。
特徴的と言えばスネイプ先生の吹き替え声も印象的。
結局、字幕では観る機会がなかったのでいつか懐かしくなった頃にでも
見直したいわ。


さて、前篇では
屋敷しもべ妖精のドビーが死んでしまったのが一番のショック。
後編ではお墓に埋葬されているのがわかり、安心しました。
今回も多くの人が死ぬってきいていて、ちょっとドキドキでしたね。
やっぱり馴染の人が死んでしまうのってショックだものね。

冒頭での注目は
助けたゴブリンとともに
グリンゴッツ銀行へ向かうシーンでしょうか。
分霊箱の一つを手に入れるために・・ね。


このときハーマイオニーがべラトリックスに変身。
当然、中身はハーマイオニーである、べラトリックスを、ヘレナ・ボナム・カーターが演じているって
ことですよね。
あ~~、ハーマイオニーだってすぐさまわかるの。
漂う雰囲気が違うから。
やっぱり演じ手が上手いのね。

問題なく、分霊箱を手に入れられるかと思いきや
ゴブリンが裏切ってしまい・・・大ごとに。
ドキドキの加速度はここから始まりました・・・・




そして、最後の分霊箱の場所として
3人がたどりつくのは
なつかしいあの場所、ホグワーツの魔法学校です。


そこで
ネビルやジーン・・・
騎士団の皆々、懐かしい人々に再会。


見ているこちらも
非常に懐かしい思いでいっぱいでしたが
え~~とこの人誰だっけ?顔はわかるけど名前はわからないよ・・・という人も
少々いました・・・・笑
役名より俳優さんで覚えているのよね。


今回は
マクゴナガル先生の意外な活躍や
ネビルの思った以上のヒーロー的な扱いなど
新しい流れを発見できて面白かったです。
そうそう・・・・べラトリックスをやっつけてしまうのが
意外な人でこれにも驚きました。

え・・・こんなに簡単に?って思わなくはないけれど、
それもご愛嬌。


この映画の最大の見どころは
ヴォルデモートとハリーとの凄まじい戦いと
セブルス・スネイプの隠されていた、驚くべき秘密。



ハリーが自分が分霊箱の一つと知り
自己犠牲を覚悟で戦いに臨む様には
悲しい最後にならないように・・・と思ったし、
スネイプ先生の回想シーンには
胸がキュンとなりました。



怪しい…怪しい・・・と思っていたスネイプ先生には
こんな過去があったんですね。


ただ、あまりにも回想シーンが早いので
理解するのに大変。
だいたい想像できたけれど、もっと丁寧なエピソードを見たかったと
誰でもが思ったはず。
だって…切ない恋なんだもの・・。


レイフファンとしては
最後のシーンはしっかり目に焼き付けなくては・・・と思い
鑑賞。
粉々になりましたね。
その前から段々と弱ってきていたので、
もう決着はついているな。。。とは思っていたけれど。
こういう流れで納得です。悪者はやられちゃうのよね。
しかしあのそばにいる蛇は気持ち悪い~~~~

あ・・そうそう。
ロンと ハーマイオニーの
突然すぎるキスには・・・笑。。。。。。そうきたか・・・とツッコミをいれたくなりました。
このシリーズでいつも
もどかしい流れをつくっていた2人だったので
最後でももっとゆっくりぺースかと思いきや
結構やること早かった・・・・笑
でもちょっとロンの頭でキスシーンが見えずらかったような。ロマが欲しかった。


あと、ロンとハリーが裸体になるシーンがあったけど。
濡れた服を着替えるため。
ロンはぶよっとしているし、ハリーは胸毛生えているし・・・・で
年月がたったことをを痛感。もう子どもじゃないよ・・・!!


でもまあ・・・最後の、19年後も同じ俳優さんで
演じていたのはあっぱれよね。
最後の最後まで同じ俳優で通したいっていう意地をみせていたね。
すごいことだよね。ハリーは様になっていたけど・・・笑



さようなら…ハリー。
魔法界は次の世代にうつったってことよね。
それにしてもハリーたち3人は親戚関係か・・・。
長い付き合いになるね。


すっきりしたようなさみしいような最終章でした☆





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↑鼻なしレイフもさようなら~~~
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ツリー・オブ・ライフ

ツリー・オブ・ライフ (2011  アメリカ)


THE TREE OF LIFE

138分


監督: テレンス・マリック
製作: サラ・グリーン
ビル・ポーラッド
ブラッド・ピット
デデ・ガードナー
グラント・ヒル
製作総指揮: ドナルド・ローゼンフェルト
脚本: テレンス・マリック
撮影: エマニュエル・ルベツキ
プロダクションデ
ザイン: ジャック・フィスク
衣装デザイン: ジャクリーン・ウェスト
編集: マーク・ヨシカワ
音楽: アレクサンドル・デスプラ
出演: ブラッド・ピット オブライエン
ショーン・ペン ジャック
ジェシカ・チャステイン オブライエン夫人
フィオナ・ショウ 祖母
ハンター・マクラケン 若きジャック(長男)
ララミー・エップラー R.L.(次男)
タイ・シェリダン スティーヴ(三男)
アイリーン・ベダード
ウィル・ウォレス



 
成功した実業家ジャック・オブライエン。
ふと、少年時代に思いをはせる――。
時代は1950年代半ば。
オブライエン一家の父は、
長男のジャックをはじめ3人の子どもたちに厳しい態度で接してしまう。
一方、全てを運命として受け入れる母親は、子どもたちを優しい愛で包み込む。





感想

2011年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールに輝いたテレンス・マリック監督作品ですね。
監督作は「天国の日々」「ニュー・ワールド」と観ているので
映像の素晴らしさには期待しておりました。
その点では・・期待通り。これは映画内容以前に視覚的な好みの問題です。
あわせてつかわているクラシック音楽も心地よかったですよ。眠くはならなかったです・・笑
ただ内容は、いままで見た監督作の中では(といっても2作)一番つかみどころがない感じだし
難解だな・・・という印象でした。
哲学的だったな・・・・・。
つまらなくはなかったけれど、面白い映画ではないです・・・・笑
たぶん、商業的にヒットは厳しいと思うし、ブラビという知名度に惹かれて
感動ドラマ的なものを期待していると、ものすごくショックを覚えると思います。
という私も、覚悟はしていたけれど(絶対わかりづらいんだろうな・・・という予感)
それ以上におお~~~こんな映画だったのかい!!と思いましたからね。
恐竜やクラゲが出てくるとは思わなかった・・・・よ。

TV予告だと、ヒューマンストーリーのように感じますが、
物語といった物語は結局のところなかったように思います。
主人公の追憶がメインですが
断片的な映像が多く、お話に流れ的なものがないんですよね。
よく、人が死ぬときに過去が走馬灯のように蘇るっていう表現がありますが
(死んだことがないからわからないが…笑)
そんな感じで、思い出される印象的な場面が、次々に現れてくるんですよね。
そしてそれはセリフのないシーンも多いので観ているものは感じとるほかないのです。
ああ・・・主人公はこうやって家族の中で育ってきているんだな・・・と
受け取るしかないのです。
でもこの主人公の葛藤は、理解できないものではないのです。
だれしもが親に対して兄弟に対して何かしらの感情を持っていて
成長してきているのだろうから
映像を観ているだけで、なんとなく理解はできる。
とくにこの主人公のように男兄弟で育った人や
この両親とタイプが似たような家庭で育ってきた人なんかは
すんなり・・・入り込みやすい感情じゃあないかなと思います。
こうこうこうで・・・親に対して不満が多かったんだろうな・・・という説明的な要因が
映画の中であまり見受けられなくとも
主人公の思いを感じ取ることはできるのは
別段、特別な家庭ではないからではないのかな・・と思うんですよね。
父親に反発する息子という図式というのは
同性であるゆえ、良くあると思うしね。

そしてこんな風に
主人公のように
中年にさしかかって自分に迷いがあるときに
このままの生き方でいいのか・・・・、
と揺れ動いたとき、幼少の頃がまさに、死の瞬間ごとく、蘇ってくるということも、また
あるのかもしれませんよね。




自分の夢をかなえられなかった分、力の存在をより強調する父親。
それゆえ、子供には厳しく、そして、期待もかける。
その父親に、献身的に尽くし、常に愛情をもって人に接する母親。
それぞれにそれぞれの思いの愛がある・・・


思春期にさしかかればさしかかるほど、
親の思いにどう答えればいいのかと迷いも感じるでしょう。
反発心も増し、
悪事を働きたくなる衝動へと繋がっていく・・・。
純粋だった頃から
どんどん、成長していき、自分が望まないような人間にさせ
変わってきてしまう。社会的には成功し、父親の望むような人間になったとは思うけれど
どこか満たされない部分が生まれてきたんじゃあないのかな。
こんなはずではなかったと・・・
中年の主人公は思っていたのかもしれません。



ただこの映画って
主人公の過去場面だけの映像で終わっているわけではなく、
あたかも唐突な感じで
主人公の誕生以前・・・・まで時がさかのぼり
さらには地球の誕生・・・・・・・恐竜の出現・・・・と、これがまた実に壮大なスケールの映像が
私たちを包みこんでいく場面にまでいってしまう。
それも映画の前半で。かなりの時間です。
ショーンペンの振り返り映画だけでとどまらない部分が描かれてしまうとやっぱり驚いてしまうところは
あるのよね。
人一人の人生を考えるというより
もっと大きな次元で物事を考えてみようという感じ。
その2つの部分の組み合わせのバランスがやや悪い感じなので(唐突感を感じる)
違和感に繋がり
さらには、
受け入れなれない部分へとなっていくのだと思います。



そして同時に宗教色が強い・・・



主人公たちが信仰深いというのもあるけれど
宗教的な意味合いが随所に見られるんですよね。
冒頭から神への問いかけがあるし
映画中でも
ところどころ行われます。

最後の映像にいたっては
死後の世界にもつながるような感じもしました。


私は
神の存在を確かなものとしているこういう作品は好きだから
受け入れられないっていう映像ではなかったし、
むしろ、ああやって、懐かしい人々に会えるようなシチュエーションが
あるだろう世界観がうらやましくも感じました。
私も扉をくぐりたかったですし。
ラストの解釈としては
主人公が心の解放に向かったんじゃあないのかな・・・・と理解しました。
いいんだよ・・・今のままでと頑なな心に安らぎを感じたのかと。

ああいう映像を見ると
自分は自分の一番大切な人たちに
いつも守られているんじゃないのかな・・・と感じられるし、
今自分が存在しているのは
やっぱり親、家庭があったからじゃないのかな・・・と
思います。
自分の価値観もまた育ってきた家庭があるからこそだし
それを否定するのはやっぱりね、できないと思うけどね。
それこそが神様が与えた自分の運命だと思うからね。



と、
まあ・・・こういう映画って
意味不明な映像も多いので
自分なりに好きに解釈して自分のものにして
楽しみ方をみつけるしかないと思います…笑
でもこういう生命誕生の部分をみると
命を粗末になんかできないと思いますよね。
またある程度年齢重ねて
肉親の死を経験している人にとっては、この手の映画は
わからないながらも、心に染み入る部分が出てくると思います。
監督の意図とは違っていても
全然理解できなくても
勝手でもいいから・・・自分のものにしたくなってくるじゃない?

あ・・・ブラビの子供の誕生シーンちょっと感動しちゃった。
あの赤ちゃんも可愛いの・・・★

お母さんが宙に浮かんで踊るような様した映像があったけれど、
印象的だったな。
他にもいろいろあるけど。


あと・・・あの後ろの髪の毛が少しない子供。
ちょっと意味がわからなかったです。
わざわざ登場したのは意味があるのかな。


結局映像に意味を求めていますね・・笑



なぜか、
今回はさいたま・・の映画館、(アリーナ近くの・・・)
夜上映で観ました。人数も少なかった。
それも印象的☆


turi-obu.jpg

コリオレイナス

おお~~~、予告が出ました・・・
http://www.dailymotion.com/video/xkh3cf_coriolanus-trailer_shortfilms#from=embediframe

暑さが飛びました・・・・笑

一瞬、ガンジーかと思いましたが・・・笑

楽しみです。

ボローニャの夕暮れ

ボローニャの夕暮れ  (2008  イタリア)


IL PAPA DI GIOVANNA


監督: プピ・アヴァティ
製作: アントニオ・アヴァティ
原案: プピ・アヴァティ
脚本: プピ・アヴァティ
アントニオ・アヴァティ
撮影: パスクァーレ・ラキーニ
音楽: リズ・オルトラーニ
出演: シルヴィオ・オルランド ミケーレ
フランチェスカ・ネリ デリア
アルバ・ロルヴァケル ジョヴァンナ
セレナ・グランディ
エッジオ・グレッジオ


シルヴィオ・オルランドがヴェネチア国際映画祭主演男優賞を受賞した作品。
1938年、第二次世界大戦前夜のイタリア、ボローニャ。
高校の教師ミケーレは、一人娘ジョヴァンナのことが心配。
彼女は精神的に不安定なところがあった。
妻は美人のデリア。彼女が美人だというのも娘には影響があるようだ。
そんなある日、思いも寄らぬ事件が起きて。




感想

地味映画としてお勧めされた一本。
え・・これイタリア映画なの?と一瞬見間違ってしまうほどの
地味な映像でした。セピア色・・・でしたね。
勝手にイタリア映画のイメージを作り上げているのが悪いんですけど
それにしても今までに見たことのない雰囲気でした。
でもまあ・・この雰囲気が
イタリアのごく普通の人々の生活風景を描くうえでは実にマッチしていましたし
時代的にも合っていて良かったです。目にも優しいし・・・笑


ただ内容は決して心地よいだけでは終わっていません。
意外と重め。
時代背景はイタリアの戦争末期。
どうやらかなり激動時期です。

不安定な時代の中で
ある家族におこった事件。
それが殺人・・・精神的に不安定な娘が同級生を殺してしまう・・・・なのです。


おお~~ミステリーで父親が真犯人を探すのか
または、娘の無実を信じて家族が一心同体になって戦う物語か・・
といろんな想像もしてしまいますがどれも違う・・・。
そもそもメインキャラであるこの家族たちは
絶対正義の人たちで殺人なんて物騒な事件に巻き込まれていても
それは無実なんだろうな・・・という、意味もない確信があったのがいけません。
見事に裏切られ・・・
実際、
やっていました・・・・人殺し。娘は疑うことなく犯人だったんです。
それにともなってこの
父親の態度。
この娘を犯罪に走らせたのは
父親の娘を思うあまりの余計な行動なのですよ。

<娘可愛さのためボーイフレンドを買収>
父親は教師だったのでその権力を使って娘の彼氏に、いろいろ話をしていたんですね。
なんかね・・・・いくら娘が
可愛いからってその恋の方に、圧力をかけなくてもいいじゃない?って思いません?
娘が精神的に不安定な、支えてあげなくてはいけない状態であろうとも
そんな余計なことしなくてもね・・・と思っちゃう。

また奥さん。
娘と正反対で美人妻。
そんな華やかな容姿、態度が、娘としては嫌いな要素でもあって(劣等感からか)
母&娘の関係はぎこちなく
この事件が起こったことでますます、悪化してしまう。

娘が事件を起こした後
一度も面会にいかない母親。
対して、異常に尽くす父親。

う~~ん、この父親の行動を娘のために一途だと好意的にとるか
異常っぽいかもと変な色眼鏡でみるかで
ちょっと映画見た印象が変わってくるのかもしれないな・・・・とは思ったかな。
私は後者に傾くところがあったのは
被害者の家族に面会する父親の態度がすこし影響しているところもありますけど。
だって、
よくよく考えたら、娘の行動は一方的であり
殺された人の家族にとっては納得できないことばかりなんだから
もう少し加害者の家族は被害者に対して申し訳なさを持った方いいんじゃないの・・と
思ってしまうほど、この父親は、あっさりだったからね。

娘が一番っていうのは
誰だってそうだけれどそれにしてもと思うところもある。

自分の言動がきかっけで娘を不幸にしてしまったのだから
父親なりに
娘に負い目を感じているのはわかるけどね~~~



で・・・元に戻って母親。


娘の面会にいかないこの母親だけど
実は
父親の親友とラブな関係だということが判明。
この父親は
そんな妻のこころの内をお見通しで
親友と一緒にいろ…私は一人娘を世話するために住み慣れた場所を離れるという行動にでる。


妻に対して
そんな態度をしめしてしまうこの父親の行動がわからなかったな~~
妻を愛していたのに
すんなり親友にくっつけさせるってどういうこと?
さらに妻は妻ですんなり夫のいうとおりにするし・・・・・笑



ちょっといろんな部分で自分の中で
納得できない要素が合った作品でした。


でもラストはああいう風になったし。
ハッピーエンドっていうことでしょうか。


いろいろあったけれど
結局家族だったんだな・・・と納得できればいいのだろうけれど。
私はこれでいいのかな・・そんなものなのかな・・・と
??も感じたラストでした。


あ・・・あの親友は可哀想。


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接吻 (2006  日本)

接吻 (2006  日本)



監督: 万田邦敏
プロデューサー: 仙頭武則
ラインプロデュー
サー: 佐藤公美
協力プロデューサ
ー: 古賀俊輔
脚本: 万田珠実
万田邦敏
美術: 清水剛
撮影監督: 渡部眞
衣裳: 高橋さやか
音楽: 長嶌寛幸
照明: 和田雄二
装飾: 龍田哲児
録音: 臼井勝
助監督: 久保朝洋
出演: 小池栄子 遠藤京子
豊川悦司 坂口秋生
仲村トオル 長谷川
篠田三郎
大西武志
青山恵子
馬場有加
菅原大吉
佐藤貢三
平栗里美
宮田亜紀
美月まどか
杉山彦々
八波一起



遠藤京子は、人との付き合い方が苦手で
孤独な日々を送ってきた。
ある日彼女は、親子3人を惨殺した坂口秋生という犯人の逮捕劇を
テレビを目にし、感じるものがあった。
事件に関する記事のスクラップを開始し、坂口に関する情報収集に夢中になっていく京子。
ついに弁護士の長谷川のもとを訪れ、
坂口への差し入れを取り次いでほしいと依頼する。




感想


冒頭から見入ってしまいました。
事件発生までは実に淡々・・・。
無表情で、ことを成し遂げていくトヨエツに心底ゾゾ~~としました。
平穏な昼下がり。
一軒、一軒、確かめていたのは
鍵がかかっているかどうか・・だったのね。
そして鍵がかかっていない家をみつけてそっと忍び込むトヨエツ。
ここ・・・怖いよ・・・・泣。

子どもの学校帰りが近かったんだろうね。鍵をあけっぱなしにしちゃったのは。
自分もこういうこと、気をつけなくてはいけないと、心に誓ったよ。
防犯はしっかりしなくては。

その家で起きたのは家族3人の強盗殺人。
結局トヨエツは、家に一人でいた奥さん、帰ってきた子ども
そして旦那とつぎつぎに殺しちゃったわけよ。
こ・・・怖い。


当然、この殺人犯の心理は観ているものとしては、よくわからない。
人を何の痛みも感じずに殺害する人の心境などわからなくて当然だとも思うし。

物語はここから・・・。
このトヨエツの一連の行動をテレビで知った
OLの小池栄子演じる遠藤京子がこの殺人犯に共感をもったところから始まる・・・


彼女は、トヨエツの気持ちがわかると感じたんだろうね。
彼のもつ孤独感と彼女の孤独感は同じだと直感的に感じたのだと思う・・・。
ただ普通人からしてみれば
いくら抱えていた悩みが同じだと感じても(一方的に彼女が感じていたのだが)
そもそも相手は殺人犯で、人を殺しているという事実が目に前にあるわけでしょ?
そこを考えない状態で
人間自体に興味いや・・それ以上、同士的な意味合いや
はては親近感的なものまでに発展していく
彼女は
どう考えても
常識を逸脱しているとしか考えられないわ。
人ってそういう感覚ももてるのかな・・・。
京子みたいな境遇に置かれたことがないからしかたがないといえば、しかたがないんだろうけれど。
自分本位の考え方であるとしか言いようがないとも思うね。
自分だけが貧乏くじを引いているみたいな甘えの構造が見える気もするよ。
なんでそんなに自分が不幸の存在なんだろうと、マイナス趣向で考えるのかな。




たびたび仲村トオル演じる弁護士長谷川が
京子の言動に対して
いろいろ助言するわけだけれど・・・・。
それらはまあ・・・当然の内容に感じるわけよ。
純粋なあまり
思い込みが激しくなっていく京子を心配する長谷川弁護士の心境は
観ているものの心境と重なっていくわけでもあるのよね。



京子が感じる孤独も・・・・
会話の中でいろいろと明らかにはなっていく・・・・。

言いたい思いはわかる・・・・
世間から自分がどういう扱いをされているかというのもわかる・・・



でもだからといって、
こういった突発的な行為(殺人者に親近感をもつ・・・)には
やっぱり、飛躍しるぎなんではないか…京子、と思わずにはいられないのです。


トヨエツは、
京子の申し出通り
結婚を受け入れる。


やがて、ほとんど事件に関して口を閉ざしていたトヨエツ演じる坂口の
心境に変化がみえてきて・・・。(自分を慕ってくれる京子という存在ができたことによって)
事件のときの様子にうなされるようにもなってくる・・・。


トヨエツの変化→それは、控訴するという行為にもつながっていく。

京子が感じていた、トヨエツとの
仲間意識。
それは
徐々に崩れていき・・・・


ここらへんの京子の言い分というか
心境の変化はわかりづらい・・・ところではあるよね。
トヨエツが控訴をすると
どうして自分との関係が崩れてしまうのか・・・。

自分には何の相談なく控訴を認めてしまった坂口。
当初通り判決の死刑をすんなり認めることなく
新たに裁判をやりなおし、彼が犯罪に走ってしまった背景を
世間に訴えていくという・・・・
彼女と坂口と2人だけの世界だったものが
なくなってしまうのが怖かったんだろうね・・



そしてラスト。



そうきたか・・・・。
ああなるとは思っていたけれど、
もう一つの行為にはビックリ。
まさか、相手が長谷川だとは。




いろいろ考えさせられるラストだったけれど
本当のところはよくわからないわ。
やっぱり、坂口に心酔する京子にどこか違和感を感じていたから
最後もわかりたくないっていう思いが私の中にあったんだろうね。

そもそも、
常識をかけ離れていれば
それはやっぱり理解できないよ。


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翼    著   白石  一文

翼    著   白石  一文



田宮里江子はキャリアウーマン。
仕事途中に具合が悪くなり、職場近くのクリニックで
長谷川岳志と再会した。
岳志は医師で、里江子の親友・聖子の夫でもあった。
夫婦には二人の子どもがいる。
彼とはある思い出があった。
里江子が学生時代、聖子から恋人として紹介された岳志。当時里江子は21岳志は27だ。
初対面の翌日、里江子は岳志から
「僕と結婚してください」「今日聖子とは別れます」と明言される。
あまりにも唐突で驚く里江子。
「きみと僕とだったら別れる別れないの喧嘩には絶対にならない。一目見た瞬間にそう感じたんだ」・・
聖子との関係も考え、里江子は何の応えもせず、そのまま・・・
もちろん、2人、岳志と里江子は深い付き合いもなく、そのまま別れ。
岳志は聖子と予定通り結婚。
結婚した二人は渡米。
就職した里江子は仕事で忙しくしていた。
そんな2人の久しぶりの再会。
あのころとまったく変わっていなかった岳志。
それどころか、ボクの相手はあなただと
確信を深めたと言われてしまう。




感想

白石さんの新作。テーマ競作小説。
6人の作家たちが「死様」をテーマにして書いています。



男女の結びつきが描かれていますが
その中でもちゃんとテーマである死・・・そこから発展して
どう我々は生きていくべきかまでが問いかけられて
今回もずど~~んと心に響く小説になっていました。

男女がでてきますが、
恋愛にありがちな、濃いめのラブシーンはありません。

縁や運命・・・に重点を置いて
男女の結びつきを考えているみたいです。


そういうのもありかと…思わせるだけの説得力はあります。


自分の直観を信じて生きたい・・・・


それが生きていくうえでの
エネルギーになるのかもしれません。



色々な人物が出てくるのですが
当然万人が共感できる考えばかりをもっているわけではありません。
私だって、
この彼氏、岳志の考え方にやっぱり戸惑うこともあると感じたし
田宮里江子の弟伸也の元奥さんの考え→子供について
など、う~んと思うことはありました。


ただ、これだけ、自分の生き方、選択に自信を持って
他者に意見できるだけの、人物がうらやましく感じます。



今回も小説良かったです。
ありきたりではなくまさに白石さん独自の視点で考えさせられました。


小説の中に出てくる
徳岡孝夫の「妻の肖像」という本も興味深かったです。

そして一番印象に残った部分を
自分なりに書きだしてみました。原文通りでなくまとめた感じで。


田宮里江子には元上司、城山という方がいた。
尊敬していた人物だがある日突然会社をやめ、そのことは江里子の疑問でもあった。
会社の坂巻とうまくいかないのは、里江子が城山の息のかかった
部下だったということに理由があるのか。そもそも城山と坂巻はどういう関係があるのか
(それは小説の中で明らかになるが・・・)


田宮里江子は城山が会社を辞める前に2人で
バーで過ごした時に、交わした会話を思い出していた。


城山が言う
「人は死んだらどうなるか」
「完全な無」と答える江里子。
彼女は死は「記憶の消滅」と思っていた。
さらに・・
人の死は関係者全員の死をもって完全な無になる、という。

つまり、
自分が完全に死ぬためには自分のことを知っている人が死に絶える必要がある。
つまり自分は自分と、自分の関係者全員がなくなった瞬間に完全に死んでしまうのだ。
それが完全な無であるのだ。


自分という人間が存在したことを誰一人覚えていなくなったらそれこそ自分が生まれてきたことが
まるまるなかったことになってしまう。
だから自分が生きた証を残すため、日記や本や、銅像などを飾って
完全な無に飲み込ま輝るのを避けたいからではないか。

自分のことを最も深く理解できるのは決して自分自身とは限らない。
だとすると自分という人間を最大限に把握している別の人がいて、もしもその人が消滅すれば
「自分というデータ」のまさに中枢部分が失われることになる。

それは自分自身の死よりもさらに致命的な死とはいえないだろうか?


バーでの会話にしては重いです。


そしていつもながら小説にこうやって、生と死を絡めてくるところは
興味深いです。


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ダンスホール    著   佐藤  正午

ダンスホール    著   佐藤  正午



四年前、小説家である「私」の身に
災難がふりかかる。
まわりの人間は、気の病というが、本人には災難としか言いようがなかった。
ある日、原稿に向かって仕事をしかけると、不規則な動悸。
小説書きの仕事が困難になった。
十年前に結婚していた私だがこのことがきかっけで妻と離婚。
単身者向けマンションに入居した私。
馴染みのバーで、東京から来たという男と居合わせる。
ダンスホールで働いている女を探しているのだ・・・
と、店主に語る男。
「私」は、
昔の知り合いからある物を受け取るように言われ、その受け渡しの連絡を待っていた。
そして、すぐ近くで発砲事件が起こり・・。



 


感想

テーマ競作小説「死様」の 佐藤正午 作品。


あらすじを書いていてもいまだよくわからない感じ・・・笑
もちろん、
何もない状態で小説を読んだので
さらにわからない状態がひどかったです。


このめんどくさい内容を読み解くのを面白いと感じれば
楽しく読み通せると思いますが
なんだろう・・なんだろうと・・
わからない状態でず~~といづづけると最後までそのままで
きっと苦痛に感じると思います。

私がそうでした。

佐藤さんの作品はいくつも読んでいるし
まあ・・・こういう作風だと知っているわけだけど、
今回はあまり内容がしっくりこなかったな。
白石さんの方が面白かったからかな。
死様がテーマにしては
う~~ん、しっくりこなかった部分が多しです。


登場人物は二人で、
小説家の「わたし」と
九州にやってきた「男」この
男は妻の離婚届をもってきたのだ。
妻の付き合っている男の離婚届。

大筋だけは何度でも書けるんだけどね。



まあ・・・読んでみてくださいな♪

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