ある朝スウプは
「ある朝スウプは」 (2006 )
【監督】高橋泉
【出演】並木愛枝/廣末哲万/高橋泉
電車の中で突然発作に見舞われた北川(広末哲万)は、
パニック障害と診断され、病院へ。
会社をやめ、薬を飲みながら自宅で過ごす毎日。
同棲相手の志津(並木愛枝)は、彼を支え、尽くそうとする。
しかし、ある日、大金が引き下ろされていることから
彼が新興宗教にのめり込んでいることが判明する・・
懸命に説得する志津だったが・・
<感想> rambling roseのつるばらさんに
地味映画として紹介してもらった一本です。
いやいや・・・暗く・・・深い映画でした。
そしてなにより・・・恐いです。
まず、私は初め、このような話だとは思っておりませんでした。
軽いタッチの恋愛映画かと・・。
でもでも・・・・全然違いました。
ほぼ男女2人しか出演していないし、
舞台も部屋の中ばかりで、会話中心。
シンプルといえばシンプルでしたけど・・。
描かれる問題はかなり重いし、考えさせられる一本でした。
女性は北川君・・・といい、男は志津と呼び捨てにします。
友達同士のその延長からのお付き合いなのかな。
互いの人格を尊重しているような
大人の関係に映りました。
ベタベタしたところはなく、
すでに家族・・・という形ができあがっているようにも
感じます。男の前でストッキングをはき、化粧もする女。
すべてさらけ出している関係のようですよね。
だからこそ・・・わかっていると思っていたでしょう・・
・・相手のことを。
北川君が・・・「カルマがね・・・」と口に出し始めた時
私・・・ちょっと苦笑いしました。
いっちゃったかい・・そちらへ・・・・という思い
あったんですよね。いや・・そこだけは勘弁っていうことも
感じたのかも。女性に走ったり・・もしくは同性に走ったり・・と
恋人を切り離すべく、危機というのは
色々あるとは思いますけれど・・、
思想・・というのは実像が伴わないゆえに、とっても難しいと
思うんですよね。立ち向かうには大きな相手・・だということ。
これはこれは・・・大変だぞ・・・志津さん~~~・・・・。
浄化する・・浄化する・・・すると言われるたびに
「オイオイ・・・、本気かい・・・北川君」とつぶやく自分。
最初は、他人事に思ってい自分。
でも北川君が本気だと知れば知るほど
もしかしてこの恐怖・・・
どこにでも潜んでいるのかもと空恐ろしく感じ始めました。
志津の言い分はよくわかります。
私としては正当の意見を言い返していると当然思っていました。
泣き叫ぶ姿も・・・怒り狂う姿も充分銃理解できます
リアルなシーンが多いので、完全に志津さんの
立場と同化してしまうんですよね。
ときに怒りまくって攻め立てても
少し時間が過ぎれば、何事も無くそれを忘れたかのように
会話することもあり、また笑いさえ見せることもあったり・・。
そういう関係が・・・さらにリアルでしたね。
表面的には修復されたのかな・・と思えるときが
あっても、根本的なところではなにも解決していなかったのだから
最終的な結論をやがて、出しあうように
なるのは当然かもね。
彼女が・・彼とともに同じ道に入るか・
彼が自分の信じているものを振り切ってもとに戻るか・・。
私は、2人が一緒にいるということを前提に考えていたから
そんな予想しか立てなかったけれど、
こういう結末も当然考えられるんだ・・・と
少々悲しい気持ち。
精神疾患・・・でパニック障害が描かれていましたけれど
これが結果として新興宗教にたどりついた要因になっているわけです
よね。私にはその飛躍した考えが到底理解できないんですけれど、
社会への恐れがそのまま、社会への逃避・・
さらには、別世界の入り込みにつながっていくのかな。
わかろうと思っても
できないわね・・。
彼にとってはそれが一番居心地がいい・・という
それだけは間違いないよね。
彼女と一緒より、居心地がよかったんだ・・。
愛する人が、助けを求めているときに、それを救えるのが
人ではなく、目に見えない何かだったなんて・・・
傍にいる人にとっては、ショックとしか言えないことでしょうね。
自分ではわかってあげられると思っていても
相手にとってはそう感じていなかったわけですから。
これじゃあ、・・どうしようもないよね・・。
一番印象的なのは
終盤の「トイレ」における2人の会話。
なぜ・・新興宗教に嵌ってはいけないのか・・
「何をしたいのか」
「宗教に入りたい」
北川君の反論がこれまた、正論にさえ
聞こえることの恐さ。
それを覆すことの出来ない志津自身。
「何故ダメなんだ?気持ち悪いんだろ」
私だって、あそこまで言われて
どんな言葉をかえしていいかわからないと
思いますね。これが、夫婦という形にすでになっていたら
また違っていたかも・・って思うところもあるんですけれどね。
取り巻く環境が夫婦だとまた違ってくるでしょ?
結論にもっと時間がかかるはず・・。
思想絡んだ場合、歩み寄るのって
非常に難しいと思います。
そもそも、思想は自由ですし・・。
一人ひとりの生き方をどうのこうのいう・・・のは
難しいよね・・。
一緒にいても防ぐことができない・・。
これが一番の恐さだと思いました。
結局、他人だよね・・・
あらためて聞かされると
「冷たい言い方ね・・・」・・
と思います。
でもそれは当たり前なことだよね。
そもそも、一緒にいるから同じだと言う
わけはないしね。 いつもいつも、同じこと考えている
人間同士なんていないだろうしね。
ただね・・、他人だと承知で
歩みよっていくのが一緒に暮らすものの・・・
約束事になるのかな・・って思うのね。
だから、こういう結末はやっぱり悲しいことかな・・・って
思います。
じゃあ、この場合は、どうしたらいいの?
とにかく、諦めないことよ・・・って思いましたけどね。
だけど、やっぱり、疲れちゃうね・・。
北川君が・・とにかく恐かったよ・・・・
【監督】高橋泉
【出演】並木愛枝/廣末哲万/高橋泉
電車の中で突然発作に見舞われた北川(広末哲万)は、
パニック障害と診断され、病院へ。
会社をやめ、薬を飲みながら自宅で過ごす毎日。
同棲相手の志津(並木愛枝)は、彼を支え、尽くそうとする。
しかし、ある日、大金が引き下ろされていることから
彼が新興宗教にのめり込んでいることが判明する・・
懸命に説得する志津だったが・・
<感想> rambling roseのつるばらさんに
地味映画として紹介してもらった一本です。
いやいや・・・暗く・・・深い映画でした。
そしてなにより・・・恐いです。
まず、私は初め、このような話だとは思っておりませんでした。
軽いタッチの恋愛映画かと・・。
でもでも・・・・全然違いました。
ほぼ男女2人しか出演していないし、
舞台も部屋の中ばかりで、会話中心。
シンプルといえばシンプルでしたけど・・。
描かれる問題はかなり重いし、考えさせられる一本でした。
女性は北川君・・・といい、男は志津と呼び捨てにします。
友達同士のその延長からのお付き合いなのかな。
互いの人格を尊重しているような
大人の関係に映りました。
ベタベタしたところはなく、
すでに家族・・・という形ができあがっているようにも
感じます。男の前でストッキングをはき、化粧もする女。
すべてさらけ出している関係のようですよね。
だからこそ・・・わかっていると思っていたでしょう・・
・・相手のことを。
北川君が・・・「カルマがね・・・」と口に出し始めた時
私・・・ちょっと苦笑いしました。
いっちゃったかい・・そちらへ・・・・という思い
あったんですよね。いや・・そこだけは勘弁っていうことも
感じたのかも。女性に走ったり・・もしくは同性に走ったり・・と
恋人を切り離すべく、危機というのは
色々あるとは思いますけれど・・、
思想・・というのは実像が伴わないゆえに、とっても難しいと
思うんですよね。立ち向かうには大きな相手・・だということ。
これはこれは・・・大変だぞ・・・志津さん~~~・・・・。
浄化する・・浄化する・・・すると言われるたびに
「オイオイ・・・、本気かい・・・北川君」とつぶやく自分。
最初は、他人事に思ってい自分。
でも北川君が本気だと知れば知るほど
もしかしてこの恐怖・・・
どこにでも潜んでいるのかもと空恐ろしく感じ始めました。
志津の言い分はよくわかります。
私としては正当の意見を言い返していると当然思っていました。
泣き叫ぶ姿も・・・怒り狂う姿も充分銃理解できます
リアルなシーンが多いので、完全に志津さんの
立場と同化してしまうんですよね。
ときに怒りまくって攻め立てても
少し時間が過ぎれば、何事も無くそれを忘れたかのように
会話することもあり、また笑いさえ見せることもあったり・・。
そういう関係が・・・さらにリアルでしたね。
表面的には修復されたのかな・・と思えるときが
あっても、根本的なところではなにも解決していなかったのだから
最終的な結論をやがて、出しあうように
なるのは当然かもね。
彼女が・・彼とともに同じ道に入るか・
彼が自分の信じているものを振り切ってもとに戻るか・・。
私は、2人が一緒にいるということを前提に考えていたから
そんな予想しか立てなかったけれど、
こういう結末も当然考えられるんだ・・・と
少々悲しい気持ち。
精神疾患・・・でパニック障害が描かれていましたけれど
これが結果として新興宗教にたどりついた要因になっているわけです
よね。私にはその飛躍した考えが到底理解できないんですけれど、
社会への恐れがそのまま、社会への逃避・・
さらには、別世界の入り込みにつながっていくのかな。
わかろうと思っても
できないわね・・。
彼にとってはそれが一番居心地がいい・・という
それだけは間違いないよね。
彼女と一緒より、居心地がよかったんだ・・。
愛する人が、助けを求めているときに、それを救えるのが
人ではなく、目に見えない何かだったなんて・・・
傍にいる人にとっては、ショックとしか言えないことでしょうね。
自分ではわかってあげられると思っていても
相手にとってはそう感じていなかったわけですから。
これじゃあ、・・どうしようもないよね・・。
一番印象的なのは
終盤の「トイレ」における2人の会話。
なぜ・・新興宗教に嵌ってはいけないのか・・
「何をしたいのか」
「宗教に入りたい」
北川君の反論がこれまた、正論にさえ
聞こえることの恐さ。
それを覆すことの出来ない志津自身。
「何故ダメなんだ?気持ち悪いんだろ」
私だって、あそこまで言われて
どんな言葉をかえしていいかわからないと
思いますね。これが、夫婦という形にすでになっていたら
また違っていたかも・・って思うところもあるんですけれどね。
取り巻く環境が夫婦だとまた違ってくるでしょ?
結論にもっと時間がかかるはず・・。
思想絡んだ場合、歩み寄るのって
非常に難しいと思います。
そもそも、思想は自由ですし・・。
一人ひとりの生き方をどうのこうのいう・・・のは
難しいよね・・。
一緒にいても防ぐことができない・・。
これが一番の恐さだと思いました。
結局、他人だよね・・・
あらためて聞かされると
「冷たい言い方ね・・・」・・
と思います。
でもそれは当たり前なことだよね。
そもそも、一緒にいるから同じだと言う
わけはないしね。 いつもいつも、同じこと考えている
人間同士なんていないだろうしね。
ただね・・、他人だと承知で
歩みよっていくのが一緒に暮らすものの・・・
約束事になるのかな・・って思うのね。
だから、こういう結末はやっぱり悲しいことかな・・・って
思います。
じゃあ、この場合は、どうしたらいいの?
とにかく、諦めないことよ・・・って思いましたけどね。
だけど、やっぱり、疲れちゃうね・・。
北川君が・・とにかく恐かったよ・・・・

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